VECTOR BRANDのマークはなぜ孔雀なの?
という質問をよく受けます。今まで聞いてくれる方にもここまで詳しく話した事ないので、ここに書いておこうと思う。
その前にベクトルなのかベクターと読むのか?僕の中では正しくは『ベクトル』ただ最初8割の方がベクターと(笑
実はそれも最初から狙っていた事で、どちらでも意味があり二つの読み方があるネーミングを考えた。正解を一つに決めない。それは海というフィールドで、自らのラインを描き続けるサーファーの自由にも通じると思っています。
アパレル業界にいた頃の先輩が、一般のお客さんからよばれていたブランド名や店の名前を別の読み方でよんでいたりして、どちらも間違いじゃないけれど、それが通っぽくて妙にカッコよく、例えば自分がホームとしている野北ビーチもノキタなのかノギタなのか?みたいなところ。
そんな感じで後々「え?ベクトルなん?!」みたいなのも面白いかなと。たまにビクトリーってのがいるけどそれは論外ね。いちいち訂正もしないから気をつけて(笑
本題。孔雀を選んだ理由ってのはいくつかあって、まずサーフブランドっぽくないものにしたかった。アメリカの文化なんだけどそっちに寄りすぎないように、かといってもろ和ではないところ。
そして僕が酉年だったことから自分が一番好きというか惹かれる鳥が孔雀だった事、とにかくどうやってそんな色になるのかという美しい羽の色。サーフボードというものはこの世で唯一の乗れるアートピース。僕はそんな惹かれるモノを作りたい。
デザインで言えば、羽根が13枚、僕は13日生まれ。孔雀の上下左右の模様はシェイピングの台。四隅はレジンの入ったカップに刷毛があり、丸く囲むラインはラミネートを意味しています。一本のボードが作られるまでの『熱量』をこの紋章に閉じ込めました。
孔雀が大きく羽を広げる求愛行動は僕にとっての『波への求愛』そしてサーフボードづくりという表現に対する愛情。

この愛情のさらに深淵、ブランドの根底に流れる『芯』についてここから少しお話しさせてください。
次のデザインは、裏に秘めた深い意味を表に出したもの。まず孔雀は邪気を払い、浄化や魔除けの力をもつ吉兆の鳥とされています。
さらに仏教の世界において孔雀明王は異色の存在です。他の仏たちが慈悲を説く中で、孔雀はあえて「毒」を喰らうことで、人々の苦しみを取り除くとされています。
波乗りとは『波羅蜜多』なり。
「はらみった」は、サンスクリット語の「パーラミーター」を語源としています。その意味は「彼岸へ渡る」ということ。
「此岸(しがん)」とは私たちが日常で抱える迷い、不安、そして海の前で感じる己の小ささ。「彼岸(ひがん)」とは、それらを超越した先にある、静寂と充足が満ちる悟りの境地。
サーファーにとって、ゲッティングアウトはまさに此岸から彼岸への旅。波を越え、ラインナップに到達し、たった一本の波と溶け合う瞬間。そのとき私たちは日常のノイズから解放され、純粋な「個」へと立ち返ります。
海は常に美しいだけではなく、時に牙を剥き圧倒的な沈黙で私たちを拒絶する。そんな海と対峙するとき、私たちは無意識のうちに「何か」に祈っているはずです。
この孔雀に込めたデカールは単なるサーフギアの象徴ではありません。
それはあなたの板に宿る「護符」であり海ヘの畏怖を忘れないための「覚悟」そのもの。孔雀は毒を喰らい、それを自らの美しい羽へと変える。
サーファーにとっての「毒」とは何か。それは海への恐怖であり、心の中に渦巻く雑念や慢心。その毒を喰らい最高のライディングという「悟り」へと昇華させる。
もしあなたが、ただ流行りの音楽をかけ、表面的な波乗りを楽しみたいだけなら、このロゴは少し重すぎるかもしれない。しかし、波の中に自身の精神を研ぎ澄ませ、自然の一部になろうとする渇望があるのなら。この孔雀は、あなたを「最高の一本」へと導くかもしれません。
サーフィングという身体とサーフボードだけで波と戯れる遊びは、とても楽しく素晴らしいものです。しかし、いつも危険と隣り合わせだという事も、また事実。
だからこそ、唯一身体を預けているサーフボードが皆様にとって精神の拠り所であり、海での安全を願う『御守り』となるように。そんな想いを込めて、孔雀をトレードマークとしました。

沢山、沢山作るのではなく自らを厳しく律し、一本一本ピリッとした感覚で一切の妥協を削り落とし作り上げる。
そんな『法具』のような作品を、皆様に手渡していきたいと思っています。





